弟子となしたまえ



イエスの葬りについては、四福音書すべてに記されていますが、ヨハネの視点はユニークです。ヨハネは18章から長く続いた受難の物語をここで統べくくりますが、ここまでヨハネがくどいほどにこだわってきたフレーズがあります。「ユダヤ人の王」という言葉です。ローマ総督ピラトはイエスに対する審問において、何度も「あなたはユダヤ人の王なのか」と尋ねました。ローマ兵が、茨で編んだ冠をイエスの頭に載せ、紫の衣をまとわせる場面でも、イエスは「ユダヤ人の王」と呼ばれます。極めつきは、十字架の上に掲げられた罪状書きです。そこには「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書かれていました。ヨハネが伝える葬り、彼は誰の葬りについて私たちに伝えようとしているのでしょうか。
イエスは午後3時に息を引き取られましたが、日没が近づいていました。日が沈むと、過越祭の特別な安息日が始まります。遺体をそのままにしておけなかったユダヤ人の指導者たちは、囚人の足を折るようにピラトに願い出ましたが、ここにもう一人、イエスの遺体のことでピラトのもとに出て行った人がいました。ヨハネは彼のことを「イエスの弟子でありながら、ユダヤ人たちを恐れて、そのことを隠していたアリマタヤ出身のヨセフ」と紹介しています。ルカの福音書によれば、彼はユダヤの最高法院の議員であり、「善良な正しい人で、同僚の決議や行動には同意していなかった。・・・神の国を待ち望んでいたのである」と記されています。マルコは、彼が「勇気を出して(口語訳では「大胆にも」)」イエスの遺体を渡してくれるように願ったと記しています。
まるで隠れキリシタンのように、自らの信仰をひた隠しにしていたヨセフが、ここに至ってイエスの弟子であることを明らかにし、勇気を奮い起こして大胆に立ち上がったのです。イエスの死が、イエスの弟子である彼を奮い立たせたのです。
「弟子となしたまえ、わが主よ。心の底より、弟子となしたまえ、わが主よ」と祈ります。

今週も大切なことを大切に。

comments(0)  |  trackbacks(0)

edit  top

王の王の葬り

帰るべき家、ベツレヘム。

comments





 

trackbacks

(C) 2019 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.
Join me on Facebook Follow me on Twitter Subscribe to RSS Email me