その骨を折ってはならない



「彼の骨は一つも砕かれない」との御言葉は、詩編34編21節からの引用です。「主は彼の骨をことごとく守り、その一つさえ、おられることはない」(新改訳2017)。この詩編はダビデによるものですが、神が義人をお見捨てになることはないという確信が歌われています。確かにイエスは、人類の罪を背負い、呪われた者となり、父なる神から見捨てられるという経験を味わわれましたが、それによって、イエスの義が明らかにされました。父なる神の御心を実現するために、イエスは自分を無にして、死に至るまで、それも十字架の死に至るまでお従いになられたからです。
「彼の骨は一つも砕かれない」との言葉は、もう一つのことを私たちに思い起こせます。出エジプト記の12章です。そこには最初の過越のことが詳しく記されていますが、主の過越において、家々で屠られる小羊については、「その骨を折ってはらない」と命じられています。
ヨハネ福音書の冒頭で、メシアの先駆者である洗礼者ヨハネがイエスを何と言って紹介したか覚えていますか。ヨハネはイエスを指さしてこう言いました。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ」と。そして今、その骨が折られなかったという事実によって、イエスこそ過越の小羊、世の罪を取り除く神の小羊であることが証明しているのです。
あの夜、屠られた傷のない小羊とは、私たちの罪の身代わりとして、贖いの犠牲(供え物)として死なれるイエス・キリストを指していたのです。聖書はこう言っています。「知ってのとおり、あなたがたが先祖伝来のむなしい生活(罪の奴隷)から贖われたのは、金や銀のような朽ち果てるものにはよらず、きずや汚れのない小羊のようなキリストの尊い血によるのです。」

明日は志摩にあるテベリヤ教会の礼拝を豊田教会が担当してくださいます。
日曜日は尾道市向島にある立花教会でチェンバロコンサートが持たれます。

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一人も

イエスの御傷の神秘

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