枕する所



イエスは十字架の上で神の御心をすべて成し遂げられました。ヨハネは、このイエスの言葉を受けて、言葉を続けます。「イエスは・・・『成し遂げられた』と言い、頭を垂れて息を引き取られた。」ここでヨハネはとても注意深く、「頭を垂れて」と記しています。十字架の上で息を引き取ると、首をガクンと落とすような場面を想像される方もいると思います。しかし、この「垂れる」という言葉は、そういう意味の言葉ではありません。この言葉は、ギリシア語で「クリノー」と言いますが、マタイによる福音書9章では「枕する所」と訳されています。「イエスは言われた。『狐は穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子は枕する所もない』」と言うのが「クリノー」、「頭を垂れて」と同じ言葉です。
もともとは「傾ける」とか「横たえる」という意味ですが、イエスは十字架上で、実際に前か後ろか、左か右かはわかりませんが、頭を垂れたのでしょう。でもヨハネは、まるでイエスが首を後ろに静かに寝かせるように、十字架を枕にして、静かに息を引き取られたと私たちに伝えているのです。
宗教改革者マルチン・ルターがこう言いました。「キリストは何も持たずに来た。借りた家畜小屋でお生まれになり、借りた小舟の上で神の国を語り、借りたロバの子に乗り、借りた部屋で最後の食事をし、借りた墓に葬られた」と。そんなキリストがこの地上で唯一、これだけは自分のものだと主張されたものがあったとすれば、それはキリストが最後にその頭を横たえられた場所ではなかったのでしょうか。キリストはそこで私たちの罪の終わりとなり、救いの始まりとなってくださったのです。
ヨハネは十字架のもとにたたずみ、その愛のただ中で叫びます。「イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました。そのことによって、わたしたちは愛を知りました。」「神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。・・・ここに愛がある」と。

さわやかな秋晴れが続いています。

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イエスの御傷の神秘

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