新しい家族



イエスは十字架の上から、母と愛弟子に、それぞれ「御覧なさい。あなたの子です。」「見なさい。あなたの母です」と語りかけていますが、これは彼らがお互いを新しい眼差しのもとに、見つめ合うことを教えています。イエスは十字架の上で、「わたしを見なさい」とは言われずに、十字架をとおして、互いを見つめ合うことを教えてくださったのです。
ヨハネはその書簡の中で教会のメンバーに訴えました。「わたしたちが神の愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。愛する者たち、神がこのようにわたしたちを愛されたのですから、わたしたちも互いに愛し合うべきです。いまだかつて神を見た者はいません。わたしたちが互いに愛し合うならば、…神の愛がわたしたちの内で全うされるのです。」人々は私たちをとおして、神を見るのです。
イエスの言葉を受けて、「そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った」とありますが、「そのとき」とは、いつのことでしょうか。文字どおり、イエスがこの言葉を語られた時と読むこともできますが、ヨハネ福音書がくり返し述べてきた大切な時があったことを思い出します。イエスが「わたしの時」と「人の子が栄光を受ける時」と語られた十字架の贖いが成し遂げられる時のことです。
整理します。ここに出てくる母マリアは、「母なる教会」という言い方があるように教会のシンボルです。そして、イエスの愛する弟子とは、その教会に連なるすべてのクリスチャン、私たち一人一人のことです。イエスは十字架の上で、子を失う母マリアに対して、「御覧なさい。あなたの子です」と、この後、十字架によって救われている神の子どもたちをお与えになりました。それから弟子に(私たちに)言われました。「見なさい。あなたの母です」と。
これは単なる親子関係を言っているのではなく(それだけでも驚くべきことですが)、弟子ヨハネからすれば、イエスの兄弟(家族)にしてもらったということです。この神の国の養子縁組が、十字架のもとで結ばれ、神の国の新しい家族が、十字架のもとで生まれたのです。ここに十字架のもとで生まれた「愛に生きる共同体」のはじまりを見るのです。

次の日曜日は、10月のオープン礼拝、秋の音楽礼拝です。

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十字架のそばには

10月のオープン礼拝(秋の音楽礼拝)

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