ナザレのイエス、ユダヤ人の王



イエスを十字架につけるために、ユダヤ人に引き渡したローマ総督ピラトは、自らが書いた罪状書きを、イエスの十字架の上に掛けさせました。そこには、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書かれていました。ユダヤ人の宗教指導者たちは、「この男は『ユダヤ人の王』と自称した」と書き直してくださいと訴えましたが、ピラトはそれを取り扱いませんでした。
十字架のもとに最後まで立っていた弟子のヨハネは、その罪状書きが、ヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書かれていたと証しています。罪状書きには通常、囚人の名前とその罪状が書かれますが、ピラトはイエスの名と彼が名乗った身分をそのままそこに書きました。それは「皇帝のほかに王はありません」と言って、イエスを死に追いやったユダヤ人に対する皮肉も含まれていたでしょうが、それを書かせたのは神ご自身であったとしか思えません。それは神の御心でした。その日、過越祭を祝うために世界中から集まっていた人々がそれを読んだからです。
世界には多くの言語がありますが、イエスの罪状書きに使われた三つの言語は、当時の世界を象徴していました。ヘブライ語は宗教を、ラテン語は法律と政治を、ギリシア語は芸術と思想を世界に教えた言葉です。つまり、それらすべてのものを治める王として、その名が十字架の上に掲げられたと言うことです。こうして、イエスの名はすべての時代の、すべての人々の前に示されたのです。
このように十字架は歴史の事実であり、キリスト教のシンボルです。それは誰でも知っています。しかし、十字架の前に立ち止まって、そこに掲げられている罪状書きの表ではなくて、その後ろにある事実を見ようとする人は多くありません。イエスの罪状書きの後ろ側には、本来そこにつけられるべきであった私の名前と罪状が書かれていたのです。しかし、その上に、イエスの名が掲げられたので、私の罪は赦され、私は救われました。今日も十字架の罪状書きが、私たちの前に掲げられています。あなたにもそれが読めるでしょうか。「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」「この人による以外に救はない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていないからである。」

次の日曜日は、福井教会でもたれるチャペルコンサートに聖歌隊と一緒に出かけます。

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まさに主が共におられる人です

大きな愛

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