カジモド



イースター後の最初の日曜日が「白衣の主日(神の慈しみの主日)」とか「カジモド・サンデー(Quasimodo Sunday)」と呼ばれるのをご存知ですか?
この日曜日、復活節の第2週(平成最後の礼拝)のメッセージを「ノートルダムの鐘」と題して語りました。このタイトルはディズニーの映画や、最近では劇団四季の演目としても知られていますが、原作はフランスの文豪ヴィクトル・ユーゴーの長編小説「ノートル=ダム・ド・パリ」です。
15世紀末の混乱するパリのノートルダム大聖堂を舞台に、美しいジプシーの娘エスメラルダをめぐる大聖堂の副司教フロロー、青年警備隊長フィーバス、そして聖堂の鐘つきをしているせむし男のカジモド、彼らの愛と哀しみを描く物語ですが、原作は映画や舞台とは少し異なります。映画や舞台では、カジモドを中心に物語が展開していきますが、原作では、彼が主人公というわけではありません。原作によると、カジモドという名は、「彼が拾い上げた日にちなんだものだったが、また、この名が、可哀そうな赤ん坊のほとんどと人間の形をなしていない姿をよく表していると思ったからだ。事実、独眼で、背中にこぶがあり、X脚のカジモドは『ほぼ』人間の形をした生き物であるとしか言いようのない子供だった」ところから名付けられています。映画ではそれを「できそこない」と表現していましたが、ほぼ人間のような者、それがカジモドという意味です。しかし、その名は彼が拾い上げられた日にちなんで付けられた名前でもありました。この乳飲み子が拾われて来たのは、「よく晴れた白衣の主日の朝のことだった」とユーゴーは書いています。彼がカジモドという名を付けられたのは、ただ絶望のためではなく、イースターの次の日曜日、キリストの十字架と復活を通して、私たちがまるで生まれたばかりの赤ちゃんのように、新しい人に生まれ変わることができるという希望でもあったのです。
カジモド・サンデーには、ペトロの手紙一の2章2節からはじまる祈りがささげられました。「生まれたばかりの乳飲み子のように」、それがカジモド・サンデーの名前の由来です。
ノートルダムの鐘のように、キリストの十字架と復活のメッセージが地の果てにまで鳴り響きますように。だれでもキリストにあって、生まれたばかりの乳飲み子のように、新しい人生を生きることができるという希望のメッセージと共に。

令和最初の礼拝は「美しい調和(Beautiful Harmony)」と題してメッセージを語らせていただきます。

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