命二つ

イースター礼拝
メッセージ 「命二つの中に生きたる桜哉」
聖書 コリント人への手紙第一15の3−8、ヨハネによる福音書15の1-5
ヨハネによる福音書シリーズ(117)

コリント人への手紙第一
15:3 最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、
15:4 葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、
15:5 ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。
15:6 次いで、五百人以上もの兄弟たちに同時に現れました。そのうちの何人かは既に眠りについたにしろ、大部分は今なお生き残っています。
15:7 次いで、ヤコブに現れ、その後すべての使徒に現れ、
15:8 そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。

ヨハネによる福音書
15:1 「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。
15:2 わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。
15:3 わたしの話した言葉によって、あなたがたは既に清くなっている。
15:4 わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。
15:5 わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。

ヨハネによる福音書(詳訳聖書)
15:4 私のうちに住みなさい。そうすれば私もあなたたちのうちに住もう〈私のうちに生きなさい。そうすれば私もあなたたちのうちに生きよう〉。ちょうど枝がぶどうの木についていなければ〈生命的な結合を持っていなければ〉自分ひとりで実を結ぶことができないように、あなたたちも、私のうちにとどまっていなければ、実を結ぶことはできない。

春の召天者記念礼拝、進級進学の祈り、教会学校のお楽しみ会、たくさんの感謝と笑顔でいっぱいの礼拝でした。
今週も礼拝の恵みに感謝。

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実を結ばない枝は

わたしにも現れた

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