奥義

今日も記念聖会のメッセージからです。どうすれば神の顔となることができるのか。その答えがこの短いストーリーの中にあります。神を見続けること、朝も昼も夜も、春も夏も秋も冬も。やがて鏡に映すように、神の顔を映し出すでしょう。
アルスの聖者ヴィアンネー神父が好んで用いた逸話です。「ある村に数年前に死んだ敬虔な老農夫があった。彼は毎朝、畑に出かける前に、教会に寄って祈る習慣があったが、ある日、鍬を聖堂の入口においたままで祈りに没頭してしまった。近所で働いていた農夫たちはどうして彼が畑に来ないのかと不思議に思ったが、しばらくして彼がやって来た。農夫たちは尋ねた、『いったい、お前は長いこと、何をしていたのか』と。すると老人は答えた。『私は神を見ていた。神も私を見ておいでになった』と。」ヴィアンネー神父はこの話を終えると、会衆に語りかけた。「彼は神を見、神は彼を見ておいでになった。キリスト教の奥義はこの一言に尽きる」と。
明日は教会暦で棕櫚の聖日。キリストの最後の一週間が始まります。主のご苦難を偲びつつ、礼拝で洗礼式と聖餐式が行われます。祈りをもってお集まりください。
2010年03月27日 (土) 06:31 | Posted by nagoyachurch