ふり返る祈り

礼拝メッセージ 「ふり返る祈り」
聖書 ヨハネによる福音書21章15-25節
ヨハネによる福音書シリーズ(192)

21:15 食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに、「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われた。ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの小羊を飼いなさい」と言われた。
21:16 二度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの羊の世話をしなさい」と言われた。
21:17 三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。
21:18 はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」
21:19 ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのである。このように話してから、ペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた。
21:20 ペトロが振り向くと、イエスの愛しておられた弟子がついて来るのが見えた。この弟子は、あの夕食のとき、イエスの胸もとに寄りかかったまま、「主よ、裏切るのはだれですか」と言った人である。
21:21 ペトロは彼を見て、「主よ、この人はどうなるのでしょうか」と言った。
21:22 イエスは言われた。「わたしの来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか。あなたは、わたしに従いなさい。」
21:23 それで、この弟子は死なないといううわさが兄弟たちの間に広まった。しかし、イエスは、彼は死なないと言われたのではない。ただ、「わたしの来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか」と言われたのである。
21:24 これらのことについて証しをし、それを書いたのは、この弟子である。わたしたちは、彼の証しが真実であることを知っている。
21:25 イエスのなさったことは、このほかにも、まだたくさんある。わたしは思う。その一つ一つを書くならば、世界もその書かれた書物を収めきれないであろう。

17年間、仕えさせていただいた名古屋での最後の礼拝となりました。
長くもあり、短くもあった17年、主の憐れみと信徒の皆さまの祈りに支えられた毎日でした。
今週も礼拝の恵みに感謝。

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お知らせ

教会からのお知らせです。

新型コロナウイルスが世界に広がっています。新型コロナウイルスに苦しむ人々と医療関係者のために祈りましょう。
明日3月29日の礼拝は通常どおり行う予定です。これまで通り体調不良の方、高齢の方、持病のある方、不安のある方は無理をせず、自宅でYouTube放送を見たり、聖書を開いて御言葉を味わってください。
明日の聖書箇所はヨハネによる福音書21章15−25節です。

来週の祈祷会は牧師の引っ越しのためお休みとさせていただきます。ご了承ください。4月以降の集会の持ち方については、改めて連絡をさせていただきます。
このような時こそ、信仰を熱く保ち、聖書を熟読し、祈りましょう。

「いと高き神のもとに身を寄せて隠れ、全能の神の陰に宿る人よ、主に申し上げよ
『わたしの避けどころ、砦、わたしの神、依り頼む方」と」(詩編91編・防御の詩編)。

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お知らせ

教会からのお知らせです。

名古屋教会のホームページが移転しました。
https://seiiesukai.org/nagoyachurch/
ブックマークの変更をお願いします。

また当ブログサイトは担当牧師の転任に伴い、3月中に終了します。
長い間、ご愛読いただいたみなさまに心から感謝申し上げます。
ありがとうございました。
リクエストが多いので、しばらくは「宮本牧師のブログ」としてサイトを残したままにしますが、
予告なくクローズすることになると思いますので、ご了承ください。

                         名古屋教会 牧師・宮本博文

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詩編91編

祈祷会を大切に。(今週はYouTubeでの放送のみ)
今日の御言葉をシェアします。詩編91編から。

91:1 いと高き神のもとに身を寄せて隠れ
全能の神の陰に宿る人よ
91:2 主に申し上げよ
「わたしの避けどころ、砦
わたしの神、依り頼む方」と。

91:3 神はあなたを救い出してくださる
仕掛けられた罠から、陥れる言葉から。
91:4 神は羽をもってあなたを覆い
翼の下にかばってくださる。
神のまことは大盾、小盾。
91:5 夜、脅かすものをも
昼、飛んで来る矢をも、恐れることはない。
91:6 暗黒の中を行く疫病も
真昼に襲う病魔も
91:7 あなたの傍らに一千の人
あなたの右に一万の人が倒れるときすら
あなたを襲うことはない。
91:8 あなたの目が、それを眺めるのみ。
神に逆らう者の受ける報いを見ているのみ。
91:9 あなたは主を避けどころとし
いと高き神を宿るところとした。
91:10 あなたには災難もふりかかることがなく
天幕には疫病も触れることがない。
91:11 主はあなたのために、御使いに命じて
あなたの道のどこにおいても守らせてくださる。
91:12 彼らはあなたをその手にのせて運び
足が石に当たらないように守る。
91:13 あなたは獅子と毒蛇を踏みにじり
獅子の子と大蛇を踏んで行く。

91:14 「彼はわたしを慕う者だから
彼を災いから逃れさせよう。
わたしの名を知る者だから、彼を高く上げよう。
91:15 彼がわたしを呼び求めるとき、彼に答え
苦難の襲うとき、彼と共にいて助け
彼に名誉を与えよう。
91:16 生涯、彼を満ち足らせ
わたしの救いを彼に見せよう。」


今日は14節以下を中心に学びました。
ここからは神が主語で、神が詩人に語りかけてくださった祈りの答えになっています。
彼が主を慕い求める者「だから」、主の名を知る者「だから」、神は彼に7つのことを約束されました。

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希望をもって喜んでいる

礼拝メッセージ 「希望をもって喜んでいる」
聖書 ローマの信徒への手紙5章2−5節

5:2 このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。
5:3 そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、
5:4 忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。
5:5 希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。

5:2 神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる。

困難な状況が続いていますが、新しいシーズンにふさわしい希望のメッセージをいただき感謝でした。
今日は、昨日が献堂記念日であったこともあり、今から10年前(献堂40周年の年)に作った特別映像を礼拝の始めに見ていただき、献堂50年の恵みを主に感謝しました。

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メンサ・クリスティ



ペトロが、「漁に行こう」と言うと、他の弟子たちも「一緒に行こう」と言いました。漁師に逆戻りした弟子たちは、子どものようにはしゃぎながら小舟を湖面に浮かべ、意気揚々と湖に漕ぎ出したことでしょう。漁は投網で、夜行われました。しかし、その夜は何の獲物もありません。すると夜明け頃、岸辺にだれかが立っているのが見えました。イエスです。しかし、弟子たちは、それがイエスだとは気がつきません。イエスの声が響きました。「子たちよ、何か食べ物があるか。」彼らは力なく「ありません」と答えるのが精いっぱいでした。再びイエスの声が響きます。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」
右利きの人が舳先(進行方向)に網を打つと舟の左側に網を打つことになります。それが常識でした。今の今まで、舟の右に網を打ったことなどありません。しかし、岸辺からの声に動かされ、その言葉に従って、ペトロは舟の右側に網を打ちました。そう言えば、ペトロが初めてイエスを自分の舟に乗せた時もそうでした。夜通し働いても獲物はなく、朝、空しく網を洗っていたとき、イエスが近づいて来て、舟に乗せてほしいと頼まれたのです。イエスは腰を下ろし、舟の上から岸辺にいる群衆に向かってに神の国について語られました。語り終わると、イエスはシモンに言われたのです。「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と。シモンは答えます。「先生、私たちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と。結果は大漁でした。
あの日のことを思い起こしていたペトロの手に、あの日と同じ手ごたえがありました。おびただしい魚の群れが、ペトロの打った網にかかったのです。その光景は、まるでガリラヤ湖が沸騰しているように見えました。ガリラヤ湖の魚たちがイエスの言葉を聞いて、神の栄光を現すために、ペトロが舟の右側に打った網を目指して飛び込んで来たからです。
イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに言いました。「主だ!」シモン・ペトロは「主だ」と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込みました。いかにもペトロらしい姿ではありませんか。「主だ」と聞いて、もう何も見えなくなり、イエスだけを見つめて、飛び込んで行けたペトロは何と幸いな男でしょうか。私もペトロのようになりたいです。「主だ」とわかれば、脇目も振らず、後先を考えず、まっしぐらにイエスのもとに飛び込んで行きたいです。
陸に上がってみると、炭火がおこしてあり、その上に魚とパンがありました。ガリラヤ湖畔にあるペトロの首位権の教会は、ペトロが召命を受けたとされる場所に建っている小さなチャペルですが、正面にある「メンサ・クリスティ(キリストのテーブル)」と呼ばれる大きな岩は、イエスが弟子たちのために朝食を用意された場所と伝えられています。「さあ、来て、朝の食事をしなさい。」これは和解の食事です。イエスはパンを取り、それを割いて弟子たちに与え、焼き魚も同じようにしました。それは最後の晩餐の再現のようでした。
イエスは私たちのためにも、朝の食卓を用意し待っておられます。イエスと共に歩む、新しい一日が、新しい人生が、この朝、始まりますように。「さあ、来て、朝の食事をしなさい。」

明後日22日(日)の礼拝は通常どおり行う予定です。午前10時半から、約1時間。
愛知県では新型コロナウイルスの感染者が増えていますので、体調不良の方、高齢の方、持病のある方、不安のある方は無理をせず、自宅でライブ放送を見たり、聖書を開いて御言葉を味わい、礼拝を守ってください。

名古屋教会のホームページが移転しました。
https://seiiesukai.org/nagoyachurch/
ブックマークの変更をお願いします。

また当ブログサイトは担当牧師の転任に伴い、3月中にクローズする予定です。
長い間、ご愛読いただいたみなさまに心から感謝申し上げます。
ありがとうございました。

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詩編91編

祈祷会を大切に。(今週はYouTubeでの放送のみ)
今日の御言葉をシェアします。詩編91編から。

91:1 いと高き神のもとに身を寄せて隠れ
全能の神の陰に宿る人よ
91:2 主に申し上げよ
「わたしの避けどころ、砦
わたしの神、依り頼む方」と。

91:3 神はあなたを救い出してくださる
仕掛けられた罠から、陥れる言葉から。
91:4 神は羽をもってあなたを覆い
翼の下にかばってくださる。
神のまことは大盾、小盾。
91:5 夜、脅かすものをも
昼、飛んで来る矢をも、恐れることはない。
91:6 暗黒の中を行く疫病も
真昼に襲う病魔も
91:7 あなたの傍らに一千の人
あなたの右に一万の人が倒れるときすら
あなたを襲うことはない。
91:8 あなたの目が、それを眺めるのみ。
神に逆らう者の受ける報いを見ているのみ。
91:9 あなたは主を避けどころとし
いと高き神を宿るところとした。
91:10 あなたには災難もふりかかることがなく
天幕には疫病も触れることがない。
91:11 主はあなたのために、御使いに命じて
あなたの道のどこにおいても守らせてくださる。
91:12 彼らはあなたをその手にのせて運び
足が石に当たらないように守る。
91:13 あなたは獅子と毒蛇を踏みにじり
獅子の子と大蛇を踏んで行く。

91:14 「彼はわたしを慕う者だから
彼を災いから逃れさせよう。
わたしの名を知る者だから、彼を高く上げよう。
91:15 彼がわたしを呼び求めるとき、彼に答え
苦難の襲うとき、彼と共にいて助け
彼に名誉を与えよう。
91:16 生涯、彼を満ち足らせ
わたしの救いを彼に見せよう。」

今世界中で用いられているという詩編です。
くり返し味わいましょう。

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蛇足



名説教家として知られる渡辺善太先生は、中田重治先生の集会をとおして信仰に導かれ、銀座にあるメソジスト教会で説教していた時代には、先生の説教を聞くために行列ができたそうです。この先生の書物に、ヨハネによる福音書21章のテキストから「偉大なる蛇足」と題された説教があるのを興味深く読みました。
蛇足とは、昔、中国で、蛇の絵をはやく描く競争があり、最初に描き上げた者がつい足まで描いてしまったために負けたという故事から、付け加える必要のないもの、無用の長物という意味です。先生はこう語っています。
「すべて『蛇足』というものは、つまらないものとせられている。説教者のりっぱな説教の後で、その司会者がつけ加える蛇足、ウィットに富んだ簡潔なスピーチのあとにつけ加えられるその説明の蛇足、すべての蛇足はつまらないものである。ところが世界に少なくとも一つだけ実に驚くべき、かつ偉大なる『蛇足』がある。それは新約聖書ヨハネによる福音書に付け足されたものである。・・・『偉大なる蛇足』は、いかなる内容をもつであろうか。・・・一言で言えば、それは全き献身であった。」
ヨハネは20章の最後に、「これらのことが書かれたのは・・・」と、この福音書の執筆した目的を記し、一旦は筆を置こうとしたのですが、後世に証しすべき大切なエピソードを21章として書き加えました。それがペトロの再召命、全き献身というメッセージなのです。
舞台はティベリアス湖畔(ガリラヤ湖の南西部)です。シモン・ペトロをはじめとする7人の弟子たちに、イエスが御自身を現されました。

今週も大切なことを大切に。

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偉大なる蛇足

礼拝メッセージ 「偉大なる蛇足」
聖書 ヨハネによる福音書21章1−14節
ヨハネによる福音書シリーズ(191)

21:1 その後、イエスはティベリアス湖畔で、また弟子たちに御自身を現された。その次第はこうである。
21:2 シモン・ペトロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、それに、ほかの二人の弟子が一緒にいた。
21:3 シモン・ペトロが、「わたしは漁に行く」と言うと、彼らは、「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って、舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。
21:4 既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。だが、弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。
21:5 イエスが、「子たちよ、何か食べる物があるか」と言われると、彼らは、「ありません」と答えた。
21:6 イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。
21:7 イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、「主だ」と言った。シモン・ペトロは「主だ」と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。
21:8 ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で戻って来た。陸から二百ペキスばかりしか離れていなかったのである。
21:9 さて、陸に上がってみると、炭火がおこしてあった。その上に魚がのせてあり、パンもあった。
21:10 イエスが、「今とった魚を何匹か持って来なさい」と言われた。
21:11 シモン・ペトロが舟に乗り込んで網を陸に引き上げると、百五十三匹もの大きな魚でいっぱいであった。それほど多くとれたのに、網は破れていなかった。
21:12 イエスは、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と言われた。弟子たちはだれも、「あなたはどなたですか」と問いただそうとはしなかった。主であることを知っていたからである。
21:13 イエスは来て、パンを取って弟子たちに与えられた。魚も同じようにされた。
21:14 イエスが死者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。

今週も礼拝の恵みに感謝。

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お知らせ

教会からのお知らせです。

世界ではWHOによるパンデミックの宣言があり、国内では新型コロナ特措法が成立しました。愛知県でも新型コロナウイルス感染者が増え続けています。この状況を踏まえ、明日3月15日の礼拝は原則、自宅礼拝をお願いすることにします。但し、教会でも、いつもの時間に礼拝を行いますので、希望者は参加してください。(体調不良の方、持病のある方、不安のある方は、自宅で礼拝を守りましょう。)
明日の聖書箇所はヨハネによる福音書21章1-14節です。
自宅でライブ放送を見られる方は、大切なお知らせがありますので、最後までご覧ください。

19日(木)の祈祷会はライブ配信のみ行います。集会は行いません。
21日(土)は延期していたテベリヤの土曜礼拝を行う予定です。
22日(日)の礼拝では、大切な聖会メッセージをご覧いただく予定です。

今まで経験したことのない状況になっていますが、このような時こそ、信仰を熱く保ち、聖書を熟読し、祈りましょう。
以上、よろしくお願いいたします。

「いと高き神のもとに身を寄せて隠れ、全能の神の陰に宿る人よ、主に申し上げよ『わたしの避けどころ、砦、わたしの神、依り頼む方」と」(詩編91編・防御の詩編)。

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